かずさんの大学受験奮闘記。落ちこぼれから勉強好きへ。そのきっかけは?

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高校受験

大学受験

これは、今の日本では避けて通れない、敷かれたレールのようなもの。

大学に行くか行かないか

を考えるにしても、

一度は受験を経験したり、受験への取り組みにかかるであろう。

私は大学受験を選んだ。それは、色々な理由があったが、

まず、チャレンジしたかったことが大きかった。

学部や進路などよりも、

今置かれている学生という立場から、大学生になることに夢と憧れをいだいた。

それでも、毎日受験勉強に励むことは、精神的にも肉体的にもかなり

きついものであったことは間違いない。

私はもともと、成績のよい子供ではなかった。

勉強のできない、そして勉強嫌いな子供であった。

今日はそんな私がどうやって、受験期を過ごし、そして乗り越えていったかを記してみたい。

そして、こうすることも大切だという提案もしてみようと思う。

おちこぼれ

冒頭でもふれたが、私は小学校は落ちこぼれだった。

私の小学校は中学受験も控える進学校であった。そんな同級生に囲まれながら、

ある種の劣等感

コンプレックス

感じまくっていた。

そして、結論は自分は生まれながらに、勉強できない子だと烙印を押していた。

その原因には、未来への希望や、だれかがメントリングしてくれて、

将来の適性などをアドバイスしてくれる人がいなかったこともある。

今考えると、これは、必要だと思う。だれかが、メントリングしてくれること。

私は両親が離婚し、祖父母の家で過ごしていたこともあって、

だれかが私にアドバイスしてくれるという環境はなかった。

本来ならば、親がその役割を果たすものかもしれないが。私にはそれがなかった。

さらに、親でなくても、塾の先生や家庭教師、またはクラブの先生など

そういった、人生の先輩がそばにいることは必要だと思う。

私は経済的な理由で塾には行けなかった。

落ちこぼれからの脱出

中学に入学し、

英語という科目に接した。

私を魅了したのはこの外国語であった。

外国語を勉強することで、

色々な国に行ける。また、色々な国の人とコミュニケーションが取れるということが

魅了した大きな原因であった。

これが勉強のモチベーションになった。

そして、英語の成績はよかった。自信がついた。

自分にもできるんだ。

やればできるものだ。

そのあと、他の教科も芋ずる式に成績は上がっていった。

歴史、数学、国語などが、徐々に点数がでるようになった。

小学校のときとは比べ物にならない私に変化していった。

もう、落ちこぼれではなかった。

大学受験へ

高校受験はすべて受かった。

しかし、家の経済的理由で、私立には行けず、公立を選んだ。

そこから、大学受験は始まった。

大学受験はある程度志望校を絞って望むようにしていた。

学校の成績も上げるように努力した。

私の意識には、天性のものはないから、自分の武器

努力しかない。

と思っていた。

推薦も視野にいれながら、学校の成績に力を入れていた。

私の家は自営業だったがゆえに、店の手伝いをすることが多かった。

それで、

勉強時間をゆったりとることはできなかった。

それでも、大学受験はある。

この、精神的な葛藤と日々の忙しさに、かなり疲弊することもあった

家族との不和もあったりと、この時期はとてもつらい時期であった。

だれかが、支えてくれたら、メントリングなどしてくれたらとも思ったりした。

やはり、精神的な支えはこの時期に必要なものであろう。

効率のよい勉強法は

忙しい日々が続く中、私は大学に合格した。

これは、奇跡かと思ったが、受験勉強にはやりかたがあると思っている。

その一つが朝を大事にする。

私は先にも触れたが、店の手伝いなどがあり、時間はなかなか取れなかった。

そこで

朝早くおきて勉強に取り組んだ。これは功を奏した。

朝勉強に取り組むことをすすめる。

次に

誰かの勉強なり方法なりとアドバイスや精神的な支えも必要である。

そこで、このブログでは読者さん特に受験生の支えになれば、

受験生のメンターになれればと思って始めた。

また、学習塾もおすすめする。

私は経済上の理由や家庭の事情で行けなかったが、常に独学では限界だと感じていた。

やはり、誰かの支えは必要ではないか。

そこで、

学習塾を紹介することになるだろう。

とにかく、この二つ

朝勉強とメンターの二つがそろえばかなり精神的に落ちついて望むことができる。

また今後、詳細な勉強方法や生活習慣について

記述していきたい。

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